全日本ユース全試合になぜ全部員を帯同したのか

2003,10,15 父母の会 I

1次ラウンド3試合、決勝までの2次ラウンド3試合を監督、部長と相談し、結果として千葉に3回、鹿島、国立、埼玉に100人近くのメンバー入りできなかった部員を帯同する事を決め実行した。確かに、大型バス2台を6回、200万近い出費は、父母会財政を現実問題ひっ迫させた。

 すっからかんの父母会通帳とともに、大切なものが各部員一人一人に残るように願う。監督の本意もそこにあるような気がする。

 まず何よりも、父母が応援するより、もちろんオッカケのそれより、ともに苦しみ、常に競争しあい、文字通り生活の多くの部分を共有するメンバーの応援が、出場選手のチームの代表としての責任などという言葉では言い尽くせない、勝利の巨大な後ろ盾となったことはまちがいない。

 しかし、部員帯同の本当の理由はそんなことではない。

 「心ひとつで闘おう」などとのうがった見方で見れば、子供っぽいきれいごとで、君たちををつれていったのではない。

 まちがいなく静学のサッカー部員はその若い心に「日本一のサッカー選手になる」夢を持ってそれぞれが入学して、純粋で公平な競争のある理想的な小宇宙で、妥協、責任転嫁、自分の能力の限界への絶望感、けが、勉強との両立の苦悩などとたたかいつづけて「静学サッカー」に挑戦している。妥協したものと、誤解しておごり自分を見失ったものは、まちがいなくおちていく。メンバーに入れなかったからおちていくんではない。あきらめ、自分を見失うからおちていくのだ。トップに定着している選手ほど、常に自分に課題を突きつけて、真摯に日々過ごしている。目の前で誤解しておちていく者をたくさん見てきたからだ。
 妥協と子供っぽい自己中は一体のものだ。ここは真の大人になるための学校だ。


 この3年間、自分の子の心の軌跡のみに思いを寄せていたつもりが、チームメートやさらに話したことのない部員の心の苦悩がに気になってしかたなくなった。あいつもあいつもあの馬鹿も。

 戦闘中の子供の親である自分の人生ふりかえると、自堕落な自分に自己嫌悪しつつ抜け出せなかった青春の日々の葛藤、エリートで生きていこうと世界を見たら、有象無象、上には上がいることの世界の広さに挑戦心をたたきのめされたこと、努力と実力では乗り越えられない理不尽なことがあると知ったときの無力感、など取り戻したいが取り戻せないものへの反省がたくさんある。それらをのりこえる大切なものがここにはある気がする。

 レギュラーの選手と同じように努力し、それ以上の苦労を経験しつつ、トップに上がれなくても、人知れず謙虚に頑張る子を何人も知っている。自分の気持ちを前に向けれず、その憤懣を下級生にぶつけるようなやつを救おうとは思わないが、そんな一部の子でさえも話してみると「サッカーマジでがんばれ!」と背中を押して欲しいと思っている子も多い。

応援に帯同した生徒を見てのたくさんの発見がある。決勝ラウンドに奇跡的にすすんだガンバ対市船戦、「マジかよ」「お前ら誇りはないのか!」とも思ったが、青いメガホンを借りイチフナの控え部員とともに「市船」を応援した十数人の1年生はそれはそれとしてかわいく、いとおしくなった。

 メンバーに入れなかった上級生「勝ってほしいが俺が入っていないチームなんて負けちまえ」そういう気持ちは成熟してはいないが、けっして不健全ではない、微妙な気持ちの狭間で応援団から離れ、悔しさ、無念さに直面した多くの2、3年生、「試合に出ているメンバーは決して追いつけないやつではなかったこと。ちがいは、とんがらずひたむきに、ただひたむきに頑張頑張りつづけた結果として今グランドにいること。」「この大切な大会に18人もの選手を先発でチャンスを与えた監督のこと。」きみは見てくれただろうか。「俺より下手なやつがなぜ」という幼稚な敗北のスパイラルから決別できただろうか。今Aにあがれていないことは、君たちにとって、大きな挫折ではあるが、決して敗北ではないこと、まだまだサッカーも人生もチャンスはこれからだということ、運なく、最後までレギュラーになれなくても何も恥じることはないこと。頑張れない自分が一番屈辱であること、あきらめないこと。人生の敗残者にならないこと。

 上級生の数人、何試合目からだろうか。1年といっしょにバックスタンド最前列にならび横山こうじゅの指揮のもと1年より激しく激しく何かにぶつけるような応援する君たちをみて、最後まで応援団から離れてはいたが何か整理できたように「どうなってもおれは最後までがんばるよ」といってきた君たちを見て、「助けれるのはこの程度。最後は自分の意志だけだから。」

 1年の君たちは応援ボードに自分の名前とキャッチフレーズが書かれることを想像しつつプレーを見てくれただろうか。1試合1試合成長する先輩たちを確認できただろうか。さあ、君たちの学園での未来は妥協許さぬ川口コーチの日々の練習の先にある。これだけは覚えたほうがいいぞ。技術やセンスなぞ糞くらえだ。謙虚さのみが君たちの宝になる。

 
メンバーに入った君たちでさえ、きっと数人は選手権でメンバーいれかえがあるだろう。残酷だがここにも人生にも安住の地はない。メンバーに入っている時ではなく挫折の時に君の真価が問われる。登録された選手、みんな2流からはいあがってきたんだから。

 部員一人一人がそれぞれのその語られない気持ちの中に、5時半からの朝練、谷田やだいのうで得るのとはちがったものが付け加えればと思っている。

最後に横山こうじゅありがとう。選手として華やかな舞台に立ちたかっただろうに、キーパーグローブをメガフォンとヘルメットにかえ応援の先頭にたった。私はあなたを尊敬します。1年で期待され入学してすぐの膝の手術、理由にしない君がいる。






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