井田勝通がみんなに語りかける。

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 自分のスタイルを徹底して貫く

 世界に通用する選手はどうしたら生まれるのか……。
 それを追求し続けて、あっという間に50年が過ぎ去ってしまった。
 結果的にJリーガーを63人送り出すことには成功したが、自分の指導者人生は苦難の連続だった。
 すでに話した通り、自分のやり方には、熱心について来る者もいれば、真っ向から批判する者もいた。
 俺だって人間だから、他人から反旗を翻されれば、頭にも来るし、落ち込むことだってある。
 酒を飮みながら、自問自答した夜がどれだけあったか分からない。
 それでも、俺のDNAを引き継いだやつはちゃんといる。

 2015年の学園がまさにそうだった。

 彼らは、最大の目標だった選手権出場を惜しくも逃してしまった。
 11月の静岡県予選準決勝で清水桜が丘に0ー1で苦杯を喫したんだが、学園はシュート17本、桜が丘はわずか1本。その1本でやられた。
 正直言って、勝負の世界は厳しい。
 だけど、今年のチームも俺の目指してきたボールを支配して、相手を凌駕するスタイルをきちんとピッチで表現していた。
 監督の修も、ヘッドコーチの興龍も、その方向性をきちんと貫いてくれていた。
 だから、俺は全然、心配していない。
 少なくとも学園は、自分が現場から完全に離れた後も未来永劫、そのスタイルを継続していってくれると確信している。
 学園のように、独自性や独創性を貪欲に追求しようとする指導者が、これからもっともっと増えてくれることを、俺は強く願っている。

 その原点として、忘れてはならないのが、日本人特有のメンタリティだ。
 つまり「大和魂」である。
 それを自分に改めて伝えてくれたのが、2015年に亡くなられた日本サッカーの父・デットマール・クラマーさんだった。
 自分が銀行を辞めて受講した第2回コーチングスクールで、クラマーさんは主任を務めていた。
 そこで、耳にした話は、今も忘れられない。
 「日本には『大和魂』という素晴らしい概念がある。それを大切に指導しましよう」と。
 当時、『大和魂』という言葉は古い感覚で、あまり使われていなかった。今もそうかもしれない。
 だけど、ドイツ人がわざわざ日本人に伝えてくれるなんて、なかなかあることではない。俺の心には強烈に響いた。
 ドイツ人にはゲルマン魂があり、彼らは最後の最後まで勝負を捨てずに戦い続けるが、
 そのメンタリティが日本の大和魂に似ていたから、クラマーさんはそんな話をしてくれたのかもしれない。
 いずれにしても、それぞれの民族には固有の文化・慣習があり、思想哲学がある。
 その特性を生かさなければ、サッカーは強くならない。
 ブラジルでも、アルゼンチンでも、サッカーは国民性を色濃く反映している。
 その重要性を俺は頭に刻み込んで、ここまでの指導者人生に生かしてきたんだ。
 クラマーさんは、こんな話もしてくれた。
 「サッカーの指導を通じて良い人間、つまり紳士をつくることが大切だ」
 「指導者は一生勉強しなければならない」
 「魅力的な指導者になりなさい」
 こうした言葉の数々も、俺の指導哲学の真髄になっている。
 それだけのインパクトを日本サッカー界に残された方が逝去されたというのは、本当に残念だ。改めて、心からご冥福をお祈りしたい。
 クラマーさんもある意味、生涯をサッカーに捧げた方だったが、俺自身もそうありたいと考えている。
 自分に「引退」という二文字などない。70代半ばを迎えた今も、青春真っ盛りだと思っている。
 同世代の高校サッカーの監督たちは次々と勇退しているが、俺にはそんな花道は必要ない。
 とにかく、若いやつらに言いたい。
 「俺をジジイ扱いするんじゃない」と。
 子供と現場で育成するこの仕事に、終わりは決してないのだから。
                           2015年11月 井田 勝通
 静学スタイルあとがき