プリンスリーグや新人戦・総体・選手権などと比べマスコミも取り上げない大会のひとつがスルガカップ天皇杯予選。しかし注目される大会と同じ大切な一人ひとりの挑戦の「凝縮」が「熱」がここにもある。逆に引退かけた負けられない気持ち、ちょっとの努力であったりほんの少しの運であったり、怪我であったりで今までトップで活躍できていない選手がチャンスをつかむため挑み、トップと同じグラデーションの重みを感じ試合に出場する。

スポーツには勝ち負けはありメンバー分けも厳然として存在する。

「スルガカップ、Bが出場する大会だろう」という意見が聞こえてくることもある。「勝てば官軍」という言葉もある。また「勝った者が強い」という言葉も使われることがある。
その共通していることは、今ある栄光や偶然を自分の手柄と強調するような、現実と乖離されたところからの表層一面的発信のような気がする。それを受け止めることが必要なら「強いものなど存在しない」と応えるしかない。また官軍は賊軍の一時(いっとき)の姿と表現するのが正当だろう。ましてやがんばる人としての評価は今いる位置や到達点とは無関係なことを理解できているかということだ。

「偶然に左右されることの多いサッカーでかつ平等な競争が保障されたところ」での選手たちは、仲間をライバルとチームメートということを統一して持ち、その偶然の運命を含み、自分の努力や意識の問題として其々が受け止める。怪我でさえも。

だから優勝したメンバーであっても「勝ったものは強い」など浮ついた発想は受け入れられず、むしろ常に「幸運への感謝」を持つことができる。そういう環境が強いといわれるチームには必ずある。

同時に敗北が偶発的であろうが、トップに上がりスポットライトを浴びれなかった者も、「成功者」以上に「敗軍の将、兵を語らず」「不運を嘆かず歯を食いしばり前へすすむ」「自慢とともに、言い訳が最も人として最も忌むべきこと」を胸に刻むことを可能にする。

今スルガカップは3年40人の魂かけた戦いとなった。トップに上がれていないことに運を恨まず、言い訳せず、自分を責め歯を食いしばってがんばる者を「勝者を取り上げることを業とする」マスコミは報道はしないだろうが、「頑張りぬく」という価値は誰にも等しく与えられる人間としての栄冠だ。大会優勝などは過ぎ去る栄光、謙虚にがんばる資質は一生の栄冠だ。

勝ちたい気持ちが勝っても運命の偶然は敗北を用意することはよくあることだ。人知れずがんばる君の姿は人生という長いスパンで見れば「運命の神様」は見逃しはしない。栄光を引きずる者達ではなく、歴史はもの言わぬ多数の民によってつくられるのだ。

練習で手を抜いたり、朝練や自主練休んだり、自分に酔っている勘違いメンバーはこの範疇には入らないこともまた真実だろう。がんばれ!3年生!


サッカー評論より−サッカーの勝敗に、運が大きく関与するのは、多くの人々の知るところである。あらゆるスポーツと人生に運命は影響を及ぼしているけれども、サッカーに運の関与する割合が大きいのは、あまりに点が入らないからだ。攻撃回数やシュート数と得点数は、必ずしも比例しない。強いほうが勝つとは限らない。他のボールゲームと比べてかなりあてにならない競技であり、まさに勝負は終わるまでわからない。」少々技術やスピードが上まわっていようが、常勝の確からしさは、他の部分に求められる。不条理を勝ち抜く心培う日常と生き方がどうしても必要になる。
スルガカップ天皇杯予選日程 日程変更 

◎組み合わせ ◎登録メンバー
 1回戦vs富士宮クラブ○6−0 2回戦vs日大三島高校○2−1 3回戦vsJR東海静岡FC○6−0 
準々決勝vsヤマハ発動機○3−2 準決勝vs富士常葉大学
●0−2