高円宮杯全日本ユースサッカー選手権 (U-18)大会

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動: ナビゲーション, 検索

高円宮杯全日本ユースサッカー選手権(U-18)大会(たかまどのみやはい ぜんにほんユースサッカーせんしゅけん(アンダー18)たいかい)は、1989年から開催されている高校世代のサッカー実力日本一決定戦。1989年はプレトーナメントとして発足し、公式戦となったのは1990年。主催は財団法人日本サッカー協会、共催は朝日新聞社


目次

[非表示]

概要

高校サッカー部にとっては全国高等学校総合体育大会全国高等学校サッカー選手権大会と、クラブユースチーム(JリーグJFL等社会人チーム傘下のユースチーム含む)にとっては日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会Jリーグユース選手権大会とそれぞれ並んで高校生年代の三大タイトルを形成する大会である。

基本的に公式戦で対戦する機会のない高校サッカー部とクラブユースチームが対戦する、かつては唯一の大会であった。また、高校サッカー部にとっては前後半45分、トータル90分の正規の試合時間で行われる数少ない大会の一つである。以前は7月から8月にかけて行われた地区高校選手権(地区インターハイ)の上位校や、クラブユース日本選手権(U-18)の上位クラブをあわせた16チームによりトーナメントで開催されたが、2003年から開催時期を秋へ移し、またグループリーグを導入するなど大会形式を大きく変更した。またこれをきっかけに東芝が特別協賛することになった。

発足当初から90年代半ばまでは高校サッカー部がクラブチームを成績で圧倒したこと、チーム作りの初期段階に行われる地区大会の優勝チームしか出られないという門戸の狭さなどもあいまって、出場チームの質、量とも高校総体、高校選手権に遠く及ばないマイナーな大会となっていた。そのためそれらの大会と比べると、高校サッカーファン、関東、関西の強豪チームなどからは、大会としての価値を遙かに低く見られていた。事実、本大会設立後もしばらくは、各県の事情によって単独チームによる代表や選抜チームが混在する国民体育大会以下の価値とされるタイトルであった。なお、現在でも全国高等学校サッカー選手権大会の公式HPでは、歴史的蓄積もあるとはいえ、三大タイトルに16歳以下の選手で争われるようになった国体がなお含まれ、本大会は別枠で扱われている。

こうした事情に変化の兆しが見られたのは1998年以降のことであり、この年、大黒将志二川孝広らを擁すガンバ大阪ユースが準優勝ながら極めて高いパフォーマンスを見せ、クラブ勢の台頭を予感させるものとなった。翌99年にはベスト4を全てクラブ勢が占め、ジュビロ磐田ユースがクラブチームとして初の本大会優勝を達成している。

クラブチームに多く優秀な才能が集まりクラブと高校の実力関係が逆転したと言われるようになり、またトーナメントではなく10試合前後の数を重ねるリーグ戦の予選を勝ち上がって来る代表によって争われるようになった今日では、実力日本一決定戦の名に実が伴ったと言え、クラブ・高校双方のチームにとって最も重要な大会として位置づけられるようになってきている。しかし、クラブユースという形態への社会的認知度がまだ十分とは言えず、マスコミでの扱いも高校選手権に比べ遙かに劣るのが現状であり、改善が望まれている。

予選

本大会の予選は3月〜8月にかけて全国を9つのブロックに分けて行われるJFAプリンスリーグU-18がこれを兼ねて行われる。

大会名は2002年に死去した高円宮憲仁親王日本サッカー協会名誉総裁)を記念してつけられた。

決勝大会

全24チームの出場枠は次のように決定される。

  1. 各9地域のプリンスリーグ優勝チーム
  2. 直近3年間の当大会における地域別の成績をポイント化し、その累積ポイント上位3地域のプリンスリーグ各2位チーム。
  3. 前年度の当大会ベスト8に入った地域から、ベスト8入りしたチーム数と同数、各地域のプリンスリーグ上位チームから出場。
  4. 大会開催年の日本クラブユース選手権高校総体の各優勝・準優勝チーム。これらのチームが上記1?3に該当する場合は、そのチームが所属する地域のプリンスリーグ上位チームから繰り上がりで出場。

2007年の出場枠及び出場チームは次の通り。

試合形式

試合は全て、正規のルールである45分ハーフで行われる。また、選手の疲労を考慮し、全日程で試合の間に最低一日の休養日を入れているのが、この年代の他の全国大会では見られない特徴である。

一次ラウンド

24チームを4チームずつ6組に分けて1回総当りのリーグ戦を実施。勝ち3点、引き分け1点、負け0点の勝ち点で順位を決定(同点の場合、得失点差、総得点、当該チーム直接対決成績、抽選の順)。

決勝ラウンド

各グループ1位および2位チーム(計12チーム)と各グループ3位のうち成績上位4チーム(計4チーム)の16チームが決勝ラウンドに進出し、トーナメント方式で優勝を争う。同点の場合は10分ハーフの延長戦およびPK戦で勝敗を決める。

2004年の第15回大会は、一次ラウンドからの勝ち上がりが一次リーグ各グループの1位6チーム+2位上位2チームであったため、例えば2強2弱のグループが3強1弱に比べて遙かに有利になるなど、グループ組み合わせの運が占める要素が強く日本一決定戦としては相応しくないと言う批判の声が大きかった。勝ち上がりのためにはまず1位を狙わなくてはならず、そのような厳しい条件のグループリーグ戦は国際的にはあまりないため、グループリーグ戦の実戦経験になりにくいという面もある。2003年は参加16チームであったため、これを4グループに分けて各組上位二位の計8チームが決勝トーナメント参加というオーソドックスな形態であった(それ以前は16チームによるトーナメント)が、2004年は参加を24チームに拡大したにも関わらず決勝トーナメント進出が変わらず8チームであったためにこのような問題が生じた。

このため、2005年の第16回大会から、ワールドユース(現:U-20ワールドカップ)と同様の現在の勝ち上がり方式を採用した。これによりグループリーグの組み合わせによる運・不運の要素はかなり軽減されることになる。また、一勝もしなくともグループリーグを勝ち上がることもあるため、引き分けも極めて重要となる。

特典

1998年〜2003年に、この大会の優勝チームには天皇杯全日本サッカー選手権大会のシード枠が与えられたが、2004年から大会スケジュールの見直しで廃止された。また、優勝チームと準優勝チームには、副賞として海外遠征(遠征費用・海外大会出場権)が与えられる。

準決勝は高校サッカー界の聖地と言われる国立競技場で試合が行われる。つまり成績次第では全国高等学校サッカー選手権大会よりも早く国立競技場のピッチを経験することも可能である。ただしユース所属の選手にとっては、中学生年代において高円宮杯全日本ユースサッカー選手権(U-15)大会で経験した選手を除き、この大会が唯一国立のピッチでの公式戦を経験できる機会である。決勝戦は日韓ワールドカップの会場となった埼玉スタジアム2002で行われる。

歴代大会結果

年度 優勝チーム 決勝戦 準優勝チーム
1989年 プレ 清水市商 3-1 国見
1990年 1 清水市商 2-0 習志野
1991年 2 徳島市立 1-0 国見
1992年 3 藤枝東 3-1 讀賣サッカークラブユース
1993年 4 清水市商 1-0 鹿児島実業
1994年 5 清水市商 3-1 讀賣サッカークラブユース
1995年 6 清水市商 5-0 横浜マリノスユース
1996年 7 鹿児島実業 5-1 東福岡
1997年 8 東福岡 3-2 清水市商
1998年 9 藤枝東 3-2 ガンバ大阪ユース
1999年 10 ジュビロ磐田ユース 4-1 ベルマーレ平塚ユース
2000年 11 清水市商 3-2 前橋商業
2001年 12 国見 1-0 FC東京U-18
2002年 13 国見 4-2 星稜
2003年 14 市立船橋 1-0 静岡学園
2004年 15 サンフレッチェ広島ユース 1-0 ジュビロ磐田ユース
2005年 16 ヴェルディユース 4-1 コンサドーレ札幌ユースU-18
2006年 17 滝川第二 3-0 名古屋グランパスエイトU-18

放送について

決勝戦をBS朝日で生中継。テレビ朝日で録画中継している。朝日系スカイ・Aでは準決勝・決勝戦を中継。

なお2002年まではNHK教育テレビジョンから、2003年(東芝協賛初年度)から2005年はテレビ朝日から決勝戦生中継(テレ朝は一部年度撮って出し録画中継)が行われた。