親には言わないことがある。
特に悪いこと自分の弱みは絶対に言わないものだ。
子供の言葉は信用するなという人がいる。そういう意味ではかなり当たっている。
いいことしか言わない子供の嘘はたぶん事実だが、
弱みをみせないということでは、一面親を思っての行為であることも事実。

問題はそれを気づかぬ親の方かもしれない。
だがだれだってがんばれないわが子は見たくないものだ。
ひっそり気づかれず注意深く子供の心の真意を見る深さは親の子育ての真骨頂。
一人の男として巣立っていく息子を、過保護が邪魔し冷徹に分析できないなら、それはあきらめ、子供にまかせましょう。

見えない部分は、サッカー、生活での現実のみが、いいところも悪いところもその日々勝負する現実の舞台であからさまにする。
井田さんが、時々一言、ほんの一言選手に掛ける愛情と本意が汲みとれないかなぁと最近よく考える。
「パンツ下がってるぞ」という一言の中の深い真意が。
-せっかくがんばって来たのにもとにもどってどうする 君には目を盗んで怠ける昔の君が共存してるんだよ-という。


高い部分に挑戦するときは人は必ず強く美しい。
気持ちとそれを言う人もいる。
その時いろいろな才能の差は意味をなさない。

もう一方、たった数回の勝利の体験、努力の見返りが成長のために掴んだものを根こそぎ奪い去り、
過去を自慢の道具に転化させる現実を見るのは悲しい。

新しい自分に挑戦することを拒否する。
過去を捨て新たな自分の構築の大変さに直面するときの怯え。
今の自分の位置とすべき事忘れ、
自分の小さな小さな実績にすがり、
過程抜きの一発狙いギャンブラーと化し落ちていく。

今まで俺は頑張ったんだと呟くのか。
ふざけんなと叫ぶのか。
昨日の自分は今日切り拓こうとする挑戦には桎梏となること。
問題は今日。
そこが理解できない君なら最後の舞台は観客席にきっといる。